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織田信長の生まれは一体どこ?出身地がついに判明した!

歴史

愛知が生んだ歴史に残る英雄として名高い織田信長ですが、出身地に関して諸説あり、長い間専門家による議論が続いていました。そんな中、織田信長の生まれに関する有力な証拠が見付かり地元は大きく賑わっています。明らかになりつつある織田信長の出身地は何処でしょうか。

長く続く織田信長の出身地論争

Nobunaga

三英傑の一人として知られ、戦国時代を語る上では欠かせない織田信長ですが、どの城で生まれたのかという出身地に関する論争が続いており、歴史ファンの間でも大きな注目を集めています。

近年の研究ではこれまでの定説とされていた那古野城ではなく勝幡城で生まれた、織田信長の出身地は愛知県愛西市が有力という発表があり、現地は大きく湧いています。

今回は、歴史の英雄でありながらつい最近まではっきりと分かっていなかった織田信長の出身地に関する考察をします。

織田信長の出身地候補1…那古野城

まず、長い間織田信長出生の地として長い間定説とされていたのが現在の名古屋城と同じ敷地にあった那古野城でした。

那古野城とは

那古野城跡の石碑

長い間織田信長の出身地とされて来た那古野城の跡地である名古屋城二之丸にのみ当時の面影を残した石碑が残されています

那古野城は今川氏が尾張を領有していた時の拠点だった城であり、1932年に織田信長の父である信秀が奪って城主となり、後の城主となる息子の信長もこの那古野城で生まれたと長年言われ続けていました。

織田信長の出身地候補2…勝幡城

織田信長の出身地のもう一つの候補として言われているのが、那古野城から約15キロほど離れた愛知県愛西市稲沢市に跨る勝幡城です。

勝幡城とは

勝幡城跡地

織田信長の生まれた城として注目を集めつつある勝幡場は、今は跡地が残っているだけです

勝幡城織田信長の祖父にあたる織田信定が築城した城であり、織田信秀那古野城を奪取し勢力を拡大するまでの拠点となっていた城でした。

織田信秀が拠点を那古野城に移してからは織田家の居城という役割を終えてからはひっそりと廃城になったものの、織田家を語る上では欠かせない城の一つとなっています。


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何処で生まれた?織田信長の出身地論争

これまでの定説であった那古野城

これまでの定説であった那古野城説ですが、織田信秀那古野城を攻め落とし、今川氏豊から奪い取ったとされるのが1532年で、織田信長はそれから2年後の1534年に那古野城で生まれたというのが一般的に知られた説であり、多くの専門家もこの説を支持していました。

また、ほどなくして織田信秀は古渡城に末森城と新たな拠点をなる城を築き、これまでの拠点だった那古野城を早い段階で織田信秀に譲っており、織田家としては二代目城主として織田信長が幼少期の大半を過ごした事も那古野城説が支持される根拠の一つとなっていました。

もう一つの説である勝幡城説とその根拠

言継卿記

織田信長勝幡城で生まれたという記述があり、出身地に関する論争のきっかけとなった言継卿記

上記の通り織田信長那古野城で生まれ、出身地は名古屋市であると言われていましたが、勝幡城で生まれたと記された資料が存在する事から織田信長の出身地は愛西市、及び稲沢市という説も長い間存在していました。

その代表的な資料として注目されていたのが山科言継によって記された言継卿記では、1533年の項で那古野城の城主は竹王丸(今川氏豊)となっており、しかも勝幡へ訪れて山科言継に面会したという記述まであるため、それが真実であれば1532年に織田信秀勝幡城を攻め落としたという説が成り立たなくなり、織田信長は必然的に勝幡城で生まれた事になる(今川家の居城である那古野城で生まれるはずがない)というのが大きな根拠でした。

出身地論争に決着?専門家の出した結論は?

尾州古城志

長い間謎だった織田信長の出生を解き明かす有力な資料となった尾州古城志

織田信長の出身地に関してこれまでの定説であった那古野城説を覆すほどのインパクトを持って発表された勝幡城説ですが、その説を更に有力とする資料が存在します。

また、尾張地方の歴史を記した尾州古城志では「1534年に勝幡城織田信長が生まれた」とはっきり記されており、織田信秀の居城だったというだけの根拠でこれまで定説とされていた那古野城説以上に信憑性があり、那古野城で生まれたと長い間言われながらもここで生まれたという詳細な記述がなく、実は曖昧だった織田信長の生誕地が初めて明確に記された資料でした。

更なる歴史の解明が期待されています

勝幡城跡

織田信長の出身地として有力な愛知県愛西市では幼少期の像が建てられるなど地元は大きな盛り上がりを見せています

織田信長の出生に関する有力な資料の存在と、それを基にした織田信長勝幡城出生説の発表により出身地として有力視されている愛知県愛西市は大きな賑わいを見せており、織田信長の名を冠した特別メニューに加え、大規模な町おこしイベントとして信長生誕祭が開催されています。

これまで謎だった織田信長の出身地に関する研究が結果的に愛西市の町おこしに一役買った恰好となりましたが、勿論誰もそれで満足はしておらず、織田信長の誕生が有力視されている勝幡城が築かれた永正年間(1504年~1520年)や、父信秀、祖父信定といった織田信長の家族に関する研究によって更なる事実が解き明かされる事が期待されています。


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