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謎多き武将 竹中半兵衛の家紋に秘められた絆とは?

竹中半兵衛はとても謎の多い武将です。そんな半兵衛が使用していた家紋をひも解くと、あの武将との深い関わりや絆が見えてきます。そんな竹中半兵衛とその家紋について紹介したいと思います。 

竹中半兵衛とは

竹中半兵衛

こちらが竹中半兵衛です。

1544年9月11日、美濃に生まれます。(※諸説あり)
本名は竹中重治といい、半兵衛という名は通称です。

19歳で家督を継ぎ、斎藤龍興に仕えます。
美濃は当時、何度も織田信長からの侵攻がありました。
竹中半兵衛は、これを何度も退けたと言われています。

しかし、主君である龍興は家臣を蔑ろにし、自国の政治にもまったく無関心な人物でした。
こまった君主だったのです。
そんな龍興に対して、半兵衛たちは怒り狂います。
そして、居城である稲葉山城を占拠するというクーデターを起こします。
その後、浅井長政の元へ身を寄せますが信長の元にいた秀吉に仕えます。

そんな竹中半兵衛は、36歳という若さで亡くなります。
結核を患っていたとされ、療養のため京都に滞在していましたが、死期が近いことを悟ると「武士として戦場で死にたい」と言い、戦場に戻り陣中にて亡くなったそうです。

信長の烈々アタック

信長は半兵衛の力を知り、どうしても半兵衛が欲しくなりました。
ですが半兵衛は断ります。

代わりに自分の弟を信長の元へつかわせます。
それでも信長は諦めきれず再度アタックします。
秀吉も説得に加わり、それはもう全力で説得します。

そして、秀吉に仕えるという条件で、半兵衛は承諾することになりました。
信長でなく秀吉に仕えるあたり、半兵衛は信長がよっぽどお気に召さなかったのでしょうか。

黒田官兵衛との仲

1578年に荒木村重が信長に謀反を起こします。
官兵衛は村重の説得を試みますが、逆に囚われてしまいます。
いつまでたっても戻ってこない官兵衛に、信長は寝返ったと疑います。

そして、官兵衛の子である長政を殺すことを秀吉に命じますが、半兵衛は秀吉を説得し、長政を殺したことにして自分の居所である菩提山城にかくまいます。
半兵衛は官兵衛を信じていたのです。
ですが、官兵衛が解放されたときには、半兵衛はもう亡くなっていました。


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家紋とは

簡単に言えば、家紋とはそれぞれの家のシンボルマークのことです。
現在では廃れてきているこの家紋文化ですが、昔はそのマークを見れば、どこの誰なのかがわかったそうです。
着物や旗、武具や家具などに家紋をつけていました。

家紋はデザインもとても豊富で、植物や動物などをモチーフにして、いろいろなデザインが使用されています。
家紋のなかでは植物のデザインが一番多いとされています。
そして、家紋ひとつひとつに、子孫繁栄や五穀豊穣などの意味合いがありました。

家紋の種類

定紋

武士の間では、同じ氏姓であってもいろんな家紋を使っていました。
そのいくつかの家紋のなかから、公式な家紋として使用していたものを定紋といいます。
この定紋は、嫡子だけにしか継ぐことができません。

替紋

定紋以外の家紋のことをいいます。
「裏紋」や「別紋」などと呼ばれることもあります。

独占紋

その家だけが使うことを許された家紋のことです。
「通紋」と呼ばれることもあります。

加賀梅鉢

「加賀梅鉢」と呼ばれる家紋です。

この「加賀梅鉢」は前田家の独占紋です。

家紋 葵紋

「葵紋」と呼ばれる家紋です。

この「葵紋」は徳川家の独占紋です。


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竹中半兵衛の家紋

竹中半兵衛 家紋

こちらが竹中半兵衛の家紋です。

この家紋は「九枚笹」と呼ばれている家紋です。
「笹」は「竹」と同じとされていて、高貴な印とされていました。

家紋 石餅

こちらも竹中半兵衛の家紋です。

この家紋は「石餅紋」と呼ばれている家紋です。
こちらも、竹中半兵衛の家紋のひとつとされています。
半兵衛は、懐に入れていた餅に矢が当たり一命を取りとめた経験をして以降、この家紋を使用するようになったそうです。

家紋の絆

上記でも紹介したとおり、竹中半兵衛黒田官兵衛は深い関係がありました。
官兵衛にとって半兵衛はよき手本となる人物でした。

竹中半兵衛は、自身の家紋のひとつである「石餅紋」を黒田官兵衛にあげたと言われています。
「石餅紋」の家紋を半兵衛からもらった官兵衛は、この「石餅紋」を黒田家の替紋として使用していました。

竹中半兵衛黒田官兵衛は、本当は仲が悪かったなどという意見もあったりしますが、この家紋にまつわる半兵衛と官兵衛のエピソードは、二人の絆をとてもかんじることができます。

竹中半兵衛と家紋の願い

竹中半兵衛は、とても若くして亡くなり、そして謎の多い戦国武将です。
後世による創作が多いことも事実ですが、黒田官兵衛との絆にはとても浪漫にあふれています。
そのなかでも、家紋にまつわるエピソードがとても心温まるものだと思いました。

官兵衛は、自身を最期まで信じ、息子である長政をも守ってくれた半兵衛への想いを、半兵衛からもらった家紋に託し使用していたのではないでしょうか。
半兵衛も、自身の経験から使用しだした「石餅紋」を官兵衛にあげることで、官兵衛にもそんな幸運を願い、守りたいと願ったのかもしれません。

それとも、歴史には残らないような、二人の特別なやりとりなんかがあったのかもしれません。